FTの株式投資講座> チャートの歴史
  チャートの歴史
チューリップ・バブル
ブラックマンデー
ニックリーソン事件
92年8月の衝撃
4000円の暴騰
    93年春
3000円の暴落
    93年秋    
急落と急騰の背景
    94年1月
阪神大震災の恐怖
    95年1月
95年七夕の急騰
  日米協調介入
10 山一證券破綻
 97年金融不安
11 華やかなITバブル
  99年の未来図
12 ITバブル崩壊
  2000年の悲観
13 デフレスパイラル
  2003年4月
   
   
   

 10 山一證券破綻−97年金融不安−

 97年11月の主な出来事

 3日: 三洋証券上場証券会社初の会社更正法申請、負債総額3736億円 

 4日: ヤフー株公開初値200万円(公募:70万円) 

 14日:日経平均95/7以来の15,000円割れ 

 17日:拓銀自主再建断念、北洋銀行へ営業譲渡 

 17日:日経平均公的資金導入期待で1208.80高(史上4番目の上げ幅) 

 17日:日本サッカー、ワールドカップ出場決定・・・・(この日ばかりは株のことはどうでもよかったです)

 19日:日経平均金融システム不安で884円安(97年最大) 

 24日:山一證券自主廃業申請 

 これを見ると当時の状況がよくわかります。ショッキングなニュースの連続で、「いつ破綻するかわからない」

 という恐怖から、低位株は叩き売られます。この時、資金の一部を低位株に入れていたため、底値でぶった

 切りしたことを覚えています。テレビのニュースもこの頃よく見ていました。

 12月も次々と会社更生法を申請する企業のニュースが相次ぎ、「もう株はだめだ」という状況でした。その一

 方でここ何年か14000円どころは底値だったので、「ここが買いどき」ということを自信満々に主張している専

 門家もいました。しかし、再び期待は裏切られ14000円を夏に割り込みます。ところがその数ヵ月後には後の

 ITバブルの始まりがやってくるのです。ふらふらになった投資家も多くいたわけです。

 90年代に株式投資をやっていなかった方は、いつかこういう経験をすることになると思います。

 分割バブルもIPOバブルも、新興市場の業績無視の上昇にも慣れっこになったら危険信号です。

 株式投資は甘くはないことをどんな時でも忘れないようにしたいものです。


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